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箱入りから大人の階段へ

私にはずっと悲しい事は無かった。

辛い事も無かった。

ストレスは無かった。

 

何かをすれば空は晴れ、

笑顔に溢れ、

人が集まってきた。

 

人生初めての悲しい事は、

約5年前、サーフィンをしていて右の薬指の先を落とした。

それでも、周りの人に良くしてもらい笑顔で乗り切れたが、

初めてのショックな事だった。

怪我した事も大変だけど、

その後の手術や通院やリハビリは涙チョチョギレの事だった。

 

 

そんな怪我をする前に、初めての真面目に考えた事があった。

自分の周りの大切な人への、大事な時に寄り添いたいと思った時、自分はまだまだ小さいなと思った。

 

1.また何かのトラブルで入院や手術をした事のなかった私は、

そーゆー事になった友人や知人に対して言葉をかけたいと思っても経験がないので薄っぺらい言葉になってしまう事が大人として残念だと思った。

 

2.人が亡くなった時、残された家族に対して御愁傷様ですと言うが、それも自分には経験が無いので、ただの挨拶みたいな言葉でしかなく、その人を思いやれてないなと思ってた。

 

そしてその後、暫くして夫の母が亡くなった。

無我夢中で色々な事をこなして、

その後自分の叔父が亡くなり、喪主の従兄弟を助けて葬儀を出し、

自分の父親が亡くなり、

自分の祖母が亡くなり、

夫の父が亡くなり。

まぁ、良い加減そっち系の事はそこそこ慣れっこになって来たが、

人を見送る大変さ悲しさ、そしていつまでも残る辛さと言うものを身を以て感じる事ができた。

 

 

これで良かったんだと思う。

体験できた。

 

でも、悲しい経験は無い方がいい。

知らないままの方が良かったかもしれない。

失くしたものは大きいから。

もう、戻らないから。

 

どっちが良かったのかな?

知らないで人に寄り添えない自分と、

少しは人の悲しみが想像できて近くにいてあげたいと思える自分と。

 

遅すぎた大人の階段と言えばそう。

大きな一段。